No.67

  「あらそうでしたか? あたしには見えませんでしたけど」とアリスは、おそるおそるボートのふちから暗い水の中をのぞきこみました。「だったらオールをはなすんじゃなかったわ――うちに持って帰れるような、ちっちゃなカニだったらよかったな!」でもヒツジは、バカにした感じでせせら笑うと、編み物を続けました。

 「ここらへん、カニは多いんですか?」とアリス。

 「カニとか、いろんなものがね。もう選ぶものならたっぷりと。だから腹を決めなさいな。さあ、いったい なにが 買いたいね?」

 「買いたいって!」とアリスは、半分おどろいて、半分こわがって声をあげます――というのもオールとボートと川は、みんないっしゅんで消え失せて、またあの小さな暗い店の中にいたからでした。

 「じゃあ、たまごをくださいな。どういう売り方なんですか?」とアリスはおずおずとたずねます。

 「一つは五ペンス硬貨一つ――二つなら二ペンス」とヒツジは答えます。

 「じゃあ、一つより二つのほうが安いの?」アリスはお財布を出しながらもびっくりして言いました。

 「ただし、二つ買ったら、 ぜったいに 両方食べなきゃダメなんだよ」とヒツジ。

 「それなら、 一つ くださいな」とアリスは、カウンターにお金をおきました。「だって、ぜんぜんおいしくないかもしれないでしょ」と内心思います。

 ヒツジはお金を受け取ると、箱にしまいました。それからこう言いました。「あたしはぜったいに物を手渡さないんですよ――それはぜったいダメ――あんたが自分でとらないと」そういいながら、ヒツジは店の反対側にまで行って、たまごを棚にたてました。

 「 どうして それがダメなんだろう」と思いながら、アリスはテーブルや椅子の間を、苦労しながらかきわけて行きました。店は奥のほうにいくほど、すごく暗くなっていったのです。「あのたまご、向かっていけばいくほど遠くにいっちゃうみたい。えーと、これって椅子? あら、枝がついてるじゃないの! こんなところに木が生えてるなんて、変なの! それにこんなところに小川まで! まあこんな変なお店って、いままで見たこともないわ!」

*     *     *     *     *     *

 そしてアリスは先へ進みました。でも、何もかも近くによったとたんに木に変わってしまうので、どんどん不思議になってきました。だから、たまごも近づくと木になるんだろうと思いこんでいました。


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